platinum egoism








シャノワール地下

コツコツと靴音が響く。

その音の主は、憮然とした表情をしていた。


「全く、あの女は、時間通りに来たためしが無い…」


昼食の時間”あの女”だけがいないのは、いつもの事だった。

しかし、こう毎日もすっぽかされては、隊の団結力に響くと考えたのである。

・・・この考え方は、生真面目な彼女、グリシーヌ=ブルーメールらしい考え方だった。



「ロベリア!入るぞ!」


ノックは無用。とばかりに派手にドアを開ける。


地下室だけあって、光は天井からのライトでしか差していない。

それでも、薄暗い。

部屋は相変わらず、舞台装置や壊れたオルガンが置いてあり、雑然としていた。


「…これ…は…」

グリシーヌが床から指で持ちあげたのはロングコート。

部屋の主、ロベリア=カルリーニの衣服だ。

他にも彼女のものとおぼしき衣服が床に、投げられている。

ズボン、ベルト、彼女のチェーン付きグローブ、シャツ

そして・・・下着。


「…なんて、はしたない…また、酒でも飲んで、酔って帰ってきたのだな…」


そう言いながら、グリシーヌは、床に散乱した衣服を拾う。

集めた服は、椅子に置き、一喝する。

「ロベリア!起きろ!」

返事は、思っていた通り、返って来ない。

グリシーヌは、はしごを上り、更にロベリアの傍へと行く。

「おい、ロベリア……ッ!」

まず、視界に入ったのは、真っ白い背中。

女性特有の、しなやかな身体の曲線。

呼吸音とともに、わずかに動いている。

上半身が露わとなっていて、下半身はシーツらしき布が、かかっている程度だ。

「……。」

グリシーヌは、その姿に見とれている事に気付くと、瞬きを2,3回行う

更に梯子を上り、ロベリアの隣に立った。



「…ぅ…ん…」


ロベリアの声が唇からもれる。

そして、ゆっくりと寝返りをうちながら、グリシーヌの方へと向く。

その姿に、グリシーヌは、口を開けた。


(…ぜ、全裸で寝ているのか!?…このオンナは…!)


一糸まとわぬ姿、とはまさにこの姿の事なのだろう。

巴里の悪魔と呼ばれた女は、今、自分の目の前で、全裸で、睡眠を貪っている。

「ン…」

更に腕を額の上に乗せ、右足をゆっくりと立て、シーツはもはや彼女の身体を覆う事を拒むように、ずれていく。

白い肌と銀髪が、グリシーヌを誘うように、動く。


「…ロベ…」


名を呼ぼうとして、グリシーヌは止めた。

風邪を引く、とか、起きろとか、そんな言葉を続けるつもりだった。



ウィスキーの香りが、鼻先をかすめる。



―触れてみたいー



そう思った。


ベッドに座り、そっと指先を伸ばし、頬に触れようとした瞬間・・・グリシーヌは、我に返った。


(…私は…何をしているのだ…)


途端に、恥ずかしくなる。

目の前の”悪魔”の魔力に、取り憑かれそうになった自分を戒めるように、伸ばした手を握る。


「触ったら、良いじゃないか…」


薄く目を開けてそう言ったのは、悪魔。
ロベリアが起きていたのか、自分が起こしてしまったのかは、不明だ。


「ば、バカを申すな!私は…!

 それより、起きていたなら、さっさと服を着ろ!」


悪魔は、その言葉を聞き流し、ゆっくりともう片方の腕を額に乗せて

身体を伸ばした。

シーツはもう、完全にベッドの端で、丸くなっている。


「…ん…ふぅー…」


彼女から艶のある吐息が、漏れる。

その一連の動作は、グリシーヌの胸を刺激するのに十分だった。


「ワザと…か?」


思わず、そう聞き返す。


「…何が?」


落ち着いた様子で、微笑む悪魔。

その微笑すら、グリシーヌには、刺激物。


「服は、着ない方が…気持ちが良い」


そう言って、銀髪をかき上げる。


「…風邪を引いても知らんぞ」


グリシーヌは、直視できなくなり、そっぽを向いた。

ロベリアはその様子を、ゆっくり瞬きをしながら、みていた。

その視線に、グリシーヌは気付いていた。


「起きろ…」


その視線の”熱”を感じ、グリシーヌはそれ以上強くいえない。


「…ふふ…」


ロベリアは、多分グリシーヌが何を考え、何を抑えているのか解っている。


解っているから、笑っているのだ。


視線を、ロベリアに戻す。

と同時に、ロベリアは、その身体をグリシーヌにもたれかからせる。

「…!」


「…温かいな…グリシーヌは…」


首元に、ロベリアの吐息がかかる。

グリシーヌの服を隔てて、ロベリアの白い肌が、密着する。

それはじゃれる猫のように。

誘う悪魔のように。


「…温めて、グリシーヌ。」


グリシーヌは、身体が震えるのを感じた。


「ロ…」

名前を言いかけたが、行動のほうが、早かった。


ロベリアの身体を両手で抱き締め、唇に噛み付くように、貪り始める。

ロベリアは、そうなる事を知っていたのか、つき返す事もなく、受け入れる。

指先で金髪をハープの弦のように優しく揺らす。



悪魔の誘いに、グリシーヌは墜ちた。



グリシーヌ自身、この状況が異常だ、という事はわかっている。

こんな事をしに、来たんじゃない。


しかし、目の前の彼女に、支配欲が沸き、止められなくなった。


キスを、ありったけ落とす。

その勢いに、ロベリアはくすぐったそうに笑う。


「…フフ…アタシは、逃げないよ、グリシーヌ。」


彼女の言葉は、グリシーヌにとって、刺激物以外の何物でもない。

ベッドに押し倒し、更にキスで愛撫を繰り返す。


「ロベリア…ロベリア…」


白い肌に、赤く小さい痣が出来ていく。

ロベリアの微笑みは、それでも消えない。

二人の視線がぶつかり、グリシーヌは、真顔で呟く。


「…綺麗だ…ロベリア…」


その言葉を聴いて、ロベリアは、少し”意外”という表情を浮かべた。


「…本当だ…」


「ベッドでの口説き方にしちゃ、良いんじゃない?」


そう言って、イタズラっぽく笑う。


「…ロベリア…あの…」


グリシーヌの手が止まる。

瞳は、どこか悲しげで、口惜しそうだった。


「ロベリア…こんな事…前にも…?」


”他の人間にも、『誘い』をかけたのか?”という問いだった。


前から思っていた。

『大人の関係の行為』という点において彼女は、手馴れすぎている。


「してたら、止めるか?」


「…いいや。」


恋人の中に、自分以外の誰かの影を見つける事は、身が焦がれるほど、辛い事だった。

聞かなければ、それで済む。

聞けば、双方ろくな事はない、とグリシーヌ自身わかりきっている。


だが。


こんな恋人を、他の誰が知っているのだろう。


自分だけでいたい。


目を細めて、ロベリアは答えた。


「今のアタシが、オトコと寝ようだなんて、そんな面倒な事すると思う?」


”アンタがいるのにさ”と、付け加えて。


グリシーヌは、ロベリアを見下ろしながら、彼女の瞳の奥の”誰か”をまだ、探している。


「…信じる信じないは任せるけどな…」


ロベリアは”たまには、奪われてみるのも良いものだ”と心の中で笑いながら、グリシーヌの欲望を誘い出す。



「…まあ、只一つ、確実に言える事は…


 今のアタシは、アンタのものだよ。

 


 …おいで、グリシーヌ。」


耳元で、低く、甘く、響く、吐息に似た声。


「…ロベリア…」


収まったはずの欲望がまた、グリシーヌの中で暴れだす。

覚えたての、遊びを試す子供のように、グリシーヌはロベリアを求める。

それをロベリアは、微笑みながら受け止める。


グリシーヌは、ロベリアに与えられた事のある快楽と、自分のしたい事を付け加えて、ロベリアの身体に与える。


「そう…良い子だ…」


ロベリアは、たまにくすぐったそうに笑いながら、それを愉しむ。


やめろ、など言わない。


それは違う、とも言わない。


「そう…いい…」


肯定しては、”良い子だ”と褒める。


グリシーヌは、自分の気持ちを遂行する事しか、考えられなくなっていた。


ロベリアの反応をみて、愛撫を繰り返す事で、彼女の身体・表情の美しさを、グリシーヌは瞳の奥に記憶する。


自分が、ロベリアにされていた事が、今実行できるという、初めての行為が興奮をさらに加速させる。


「グリシーヌ。」

「…ん?」

グリシーヌの右手をロベリアは、優しく握ると口元に運ぶ。

人差し指を、口の中に含む。

「あっ…!」

柔らかく、温かい舌と、さらりとした唾液が、指を濡らす。

グリシーヌは、ビクビクと身体を震わせながらも、その行為から目を離さない。


「ここから先は、アンタに任せるから」


そう、言ってロベリアは、また微笑んだ。


”微笑み”が、グリシーヌの起爆剤だと知っていて。


グリシーヌは、微笑んだ唇を塞ぎながら、震える人差し指を

ロベリアの誘導を受けて、差し入れた。


(温かい…こんなに…)

グリシーヌは目を閉じて、人差し指の感覚をより感じる。

自分がロベリアの中にいる、と自覚する。



5感全てで、彼女を感じている。


「グリシーヌ…いいよ、好きにしても。」


そう言って、ロベリアは、息を弾ませて、抱き締めた。

そして、自分の手をグリシーヌの足の間に忍ばせた。

潤んだ青い瞳と、乱れた呼吸で、グリシーヌが、興奮しているのは、見てとれる。


「…2人で、イクのも悪くないだろ?」



が。

ロベリアが、触れた瞬間。


「…あ…ぅ……!?」


その時、グリシーヌの身体は少し、痙攣したように見えた。

力が、グリシーヌから抜けた。


「…すまない…ロベリア…力が…。」


グリシーヌは、やっと、それだけ言った。


ロベリアは、目線を天井に向け

「いいよ、初めてにしちゃ頑張ったんじゃないか?」

と言った。


(普通、攻めが、先イクかな…)

と思いつつも、グリシーヌの性格を考えれば

刺激を与えっぱなしで、自分に行為を実行し続けた事は、大きな進歩かもしれない、と思い直した。


「すまない…」


グリシーヌは、また繰り返した。

あまりの落ち込みように、ロベリアは笑いをこらえるに、必死だった。

「…また抱きに来れば、済む事じゃないのかい?悪くは無かったし。」

と抱きつきながら、クククッと笑った。

「う…うむ…」

しかし、納得したようには見えない。

それが、ロベリアにはとても、愛おしく見えた。

「かーわいい♪」

「なっ!?バカにするな!」

「ククク…あっはっはっは…!」

「貴様…っ!」



ガチャ!



『ちょっとぉ!グリシーヌ!

 ロベリア起こすのにいつまで時間かかって…うわぉ…』


「な!?」


『コクリコ?どうし…まあ……ぽっ』


『あ!コラ!みちゃいけませんよ!コクリコ!』


『…エリカ、普通さあ…ボクへの影響考えたらさ、ボクの”目”を塞ぐモンなんじゃないの?それ、耳。』


『え?あ…そうでした!コラ、みちゃいけません!』

『もう、遅いと思いますけど…』


「…み、みんな!これは、だな…あの…その…」


『はい?なんですか?グリシーヌさん』

『エリカ…それは聞いちゃいけないよ。』

『そうなんですか?』

『ええ、そうですよ…でも、グリシーヌが…まさか…ぽっ…』


「い、いや!…その…あの…コレは…!オイ!ロベリア!貴様も何か言え!!」


・・・・・・・・。


「くーくー…」



悪魔は、寝息を立てて知らん振り。


「ロベリアアアアアアアア!!!!」

END









ーあとがきー


『攻めロベと受けグリ』という枠を取っ払って考え、グリシーヌが攻めにいったら良いんじゃないかと、考えてたら生まれました。

私の勝手なイメージなんですが、グリシーヌは…多分、攻めとしてはヘナチョコだと思うんです。(苦笑)

ヘナチョコだけど、やっぱり好きな人のあられもない姿見ちゃうと…グリシーヌも、こうなるのではないかと。

…とにもかくにも、色っぽく誘うロベリアと、意外に早かった(暴言)グリシーヌを書き上げてしまった事に変わりはありません。

書いて思ったのですが、自分の中での固定イメージを壊すのって、意外と楽しいのかもしれません♪